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掲載日:2013.09.30

酪農学園創立80周年記念講演会を開催

酪農学園創立80周年記念講演会を開催

  酪農学園創立80周年記念礼拝・記念講演会が9月28日(土)、黒澤記念講堂で行われました。記念礼拝が藤井創宗教主任の司式で捧げられたのち、記念講演会が行われ「田中正造翁の今日的意味~黒澤酉蔵氏との出会いも含めて」と題して、栃木県の作家、水樹涼子氏が講演し、約250名の参加がありました。

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 本学創立者の黒澤酉蔵は、16歳の時に日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を知り、直ちに学生視察団に加わり、鉱毒被害者救済運動に参加。20歳までの4年間、田中正造に直接師事しました。後に黒澤酉蔵は「私の一生を支配する根本的なものの考え方は田中先生に負うところが非常に大きいものであります」と言い切っています。

  講演で水樹氏は、今回の講演に至るまでの経緯、田中正造の人物像、黒澤酉蔵と田中正造との出会いから、黒澤酉蔵がその教えを建学の精神とし酪農学園創設までの活動について話しました。
 田中正造が死の直前の病床で「皆、私の病気に同情しているだけで、私のやろうとしていることに理解してくれようとしない。しかし、これはここだけの問題ではなく、人類すべての問題なのだ、天地が滅びれば田中正造も滅びざるを得ない」と何度も訴え続けたことを紹介し、「正造は本当に孤独だった。大勢の人に見守られながらも、その心は荒涼としており、一本のぽつんと立つ野原の大樹のようであったと思う。田中正造をこのまま孤独にしてはいけない」と声を詰まらせました。

 最後に「自然はどこまでも大きく、人間はとても小さい。自然環境を守り、共存しながら生きていかなければならない。価値観、人生観、文明観の転換が必要である。その大切な時が今であり、それを知ることが今日、田中正造を学ぶことの意味である」と強調しました。

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 閉会のあいさつで仙北富志和 学園長は、「私は田中正造の行動が黒澤酉蔵に乗り移ったと考えており、田中正造は足尾で死んでおらず、北海道で生き返ったと言える。今日は酪農学園の源流をたどることができる80周年記念にふさわしい講演だった」と水樹氏にお礼を述べました。(酪農学園公式HPより転載)

酪農学園同窓会(2013.09.30)

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